週末のラッキーとの散歩は、基本的には人通りの少ない裏道や川沿いのコースを選びます。けれどその日は、なんとなく気が向いて、普段は避けている表通りへと続く細い道を抜けてみました。
こうして少しだけルートを変えてみる感覚は、深夜の裏道で足元に伸びる影を追いながら歩く帰宅路を選ぶときの気分と、どこか似ている気がします。
大通りに出るちょうど角のところで、見慣れない看板が目に飛び込んできました。「あれ、ここにパン屋さんなんてあったっけ?」と足を止めると、そこには内装が落ち着いた、開店して間もないと思われる綺麗なパン屋が佇んでいました。
最初のうちは「新しい店ができたんだな」と素通りしていましたが、何度目かの散歩で、ついにその店の自動ドアをくぐることにしました。
入り口でラッキーを待たせるのは少し心苦しいのですが、リードをしっかりと繋ぎ、「ちょっと待っててね」と声をかけて店中に入ります。
ドアが開いた瞬間に広がるのは、バターの濃厚な香りと小麦が焼ける香ばしい匂い。こじんまりとした店内には、まだ温かそうな黄金色のパンが所狭しと並んでいました。
20代の頃の僕にとって、パンを買うという行為は、空腹を満たすための単なる効率的な手段でしかありませんでした。コンビニの棚から目についたものを手に取り、すぐにレジへ向かう。そこにはこだわりも、誰かの顔を思い浮かべる余裕もなかったように思います。
しかし40代になり、こうして偶然見つけたお店でトングを手に取ると、自然と一つ一つのパンの焼き色や形をじっくりと見定めるようになっている自分に気づきます。
自分の好みよりも妻が喜ぶ姿を想像しながらトレイを埋めていく
銀色のトレイを左手に持ち、右手のトングを軽くカチカチと鳴らして、まずは店内の棚をゆっくりと一周します。もし自分一人のためだけに買うのであれば、選ぶ時間はもっと短かったはずです。
けれど今の僕の視線は、自分の食べたいもの以上に、「これは妻が好きそうだな」「これはきっと喜んで食べるはずだ」という基準でパンを追っています。
「このクロワッサンは層が綺麗だから、きっと気に入るだろうな」 「こっちの惣菜パンは、少し味が濃いかもしれないけれど、妻の好みに近いかな」
そんなふうに、自分以外の誰かの反応を想像しながら選ぶ時間は、40代になった今の僕にとって大きな楽しみの一つになっています。
自分のものを選ぶときよりもずっと時間をかけて、トレイの上に3つ、4つとパンを並べていく。トレイが少しずつ重くなっていく感触は、そのまま家で待つ人への期待感の重さのようにも感じられます。
仕事の締め切りや責任ある立場から完全に切り離され、ただ「美味しいパンを選び出す」という目的に没頭している間、僕は会社員という肩書きを忘れ、ただの街の住人として穏やかな時間を過ごしていました。
外で待つ愛犬への申し訳なさと帰宅後のささやかなお菓子の時間
会計を済ませて店を出ると、入り口でラッキーが「まだかな」と首を長くして待っていました。じっとこちらを見つめるその瞳を見ると、一人で美味しいパンの香りに包まれていたことに、少しだけ申し訳ない気持ちになります。
パンの入った紙袋を潰さないように大切に抱え、僕は待たせてしまったラッキーの頭を軽く撫でました。
「お待たせ。帰ったらラッキーにも美味しいものがあるからね」
そう声をかけて、歩くスピードを少しだけ早めて家路につきます。家に着いたら、ラッキーには彼が大好きな「そばぼうろ」のようなお菓子をあげるのが、僕の中での決まり事です。
袋からお菓子を取り出すと、ラッキーは尻尾を振りながら待ちきれない様子で足元を回ります。一口サイズのそれを口に入れると、ラッキーは「カシュカシュ」と心地よい音を立てて、本当に美味しそうに食べ始めます。
その一心不乱に食べる音を聞いていると、パン屋で感じていた申し訳なさが、ようやく安心感へと変わっていきます。
ラッキーの満足そうな顔を見ることも、僕にとっての散歩の締めくくりとして欠かせない動作になっています。
予定外のパンを広げて妻と二人で遅めの朝食を楽しむ
リビングに入ると、当然のように妻が「あれ?何か買ってきたの?」と尋ねてきます。
ただ散歩に出たと思っていた妻にとって、僕がパン屋の袋を抱えて戻ってきたのは、予想外の出来事だったようです。僕は少し得意げな気分で、買ってきたばかりのパンをテーブルの上に並べます。
「角に新しいパン屋さんができてたから、買ってみたよ」
そう言って袋からパンを取り出すと、妻は「え、美味しそう!食べようよ」と目を輝かせます。早速コーヒーを淹れ、まだほんのりと温かさが残るパンを二人で分け合いながら食べる時間は、何物にも代えがたい幸福なひとときです。
妻が「これ、美味しいね」と笑うのを見て、僕は心の中で「やっぱり選んで正解だったな」と密かにガッツポーズを作ります。
こうして家に戻ってから誰かと時間を分け合う感覚は、冬の散歩道で妻の手を自分のポケットに一緒に入れて歩く帰宅路の延長線上にあるようにも思えました。
20代の頃には味わえなかった、この「予定外の買い物」が生み出す会話と笑顔。一人で歩く散歩も良いものですが、その途中で見つけた喜びを誰かと共有できることに、今の僕は深い充足感を感じています。
食べ終えた後のテーブルを片付けながら、次はどのパンを買ってこようかと考える。そんな他愛もない日常の動作の繰り返しが、僕たちの週末をより豊かなものにしてくれているのだと感じました。

